2012年10月18日木曜日

秘境ラダックへ

ラダック(レー)の空港から
久々の更新です。

10/3(前回記事)→10/4(コルカタ‐デリー間鉄道移動)→10/5(デリー)→10/6(デリー)→10/7(この記事)

旅に出る前はラダックに行く予定はなかったので、おそらく旅中にふとここに来ることを思いついたのだと思うのだけど、我ながらよくこんな辺境へ来ようと思ったなと、空港に降り立ってしみじみ思っていた。 

ラダックとはインド最北端の地域の名称で、標高3000~5000mの山々が連なる高山地方で、
行くところほとんどが富士山頂上並みの環境だ。

こんなすごいところに思い切って来てしまったわけだけど、思い切って来てみて良かったと思う。
世界一周を約半年という短い期間でするとなると、どうしても各国の主要な都市を回るというスタンスになってしまいがちだが、国のいろんな側面を見るためにもイレギュラーな都市も回ってみたい。ここからデリーまでいくつかの都市を見ながらゆっくり下っていく予定なので、これからの旅のためにも良い予行練習になると思う。


ラダックへは飛行機で行ったのだが、その飛行機からの景色がもう既に絶景だった。

機内からの景色。雪の部分を見ると割と近そうに感じるのに、川や山肌に目をやるととても距離を感じた。

こんな感じで山脈の上を這うように飛んでいく。飛行機も小さかったのでセスナで遊覧飛行している気分になった。

湖。色がいい。あと雲のこの感じもいい。
奥のちょっと抜きんでているやつがエベレストらしい。


機内も僕もずっとこんな感じだった。


大体1時間ほどでラダックの中心都市レーの空港に降り立ち、その瞬間ここの気温の低さにびっくりした。
そしてしばらく歩いて空気の薄さにもっとびっくりした。
薄すぎて、鼻をかんだらその瞬間に息苦しくなりそのまま鼻水をもとの位置まで吸い上げてしまう程だった。

   
高山病を心配していた僕は、一緒に飯屋を探したインド人旅行者もひくくらいゆっくり歩き、たくさん深呼吸をし、5分おきに休憩しながら動いた。

街についてすぐに食べたトゥクパ。チベット版のうどん見たいな食べ物。
見た目は良かったけどパクチー入ってて悶絶。
 遅めの昼飯を食べた後、宿を探しに出た。
オフシーズンであまり宿が運営されていないことは分かっていたから、値段も場所もあまりこだわらず、初めに見つけた老人夫婦が農業と兼業でやっている宿に決めた。

初日は着いたらすぐ休むと決めていたので、ATMとネットカフェの場所を確認し、まだ17時だったが仮眠のつもりで横になった。
そしてそのままやってはいけないと言われる長時間睡眠に入ってしまった。
(睡眠時は低酸素状態になるらしいので着いて数日はあまり長時間寝ない方がいいらしいです。)
この時期のラダックの夜はシャレにならないくらい寒かった。







2012年10月6日土曜日

インド初日

コルカタ、フ―グリー川のガート

10月3日 ~コルカタ(インド)~

昨日コルカタに到着し、ゲストハウスを探したり、腹を壊さなさそうなレストランを探したりしていたら、日が暮れてしまったので今日はかなりハードなスケジュールだった。


朝7時に宿を出て、地下鉄に乗ってヒンドゥー教の寺「カーリー寺院」へ向かう。
コルカタの地下鉄

この「カーリー寺院」では毎日、やぎが生贄にささげられる。
文章で書くだけでもかなりショッキングな内容になってしまうので詳しくは書かないが、本当に淡々と作業が行われていた。



その後、明日朝のデリー行きの列車のチケットを買うためにハウラ―駅へ、
インド旅行は人生で2回目なので、列車予約のノウハウは大体分かっているつもりだったが、分かっていたのは、インド列車の予約は本当に疲れる、ということだけだったようだ。

チケット売り場の場所を聞き、並び、抜かされ、順番が来てチケットを頼んでみるとここではないと言われ、また場所を聞き、並び、抜かされ、次はあれこれ書類が必要と言われ、、、

前回と同じくらい、いや、頼れる友達がいない分、倍くらいの時間をかけて何とか予約を済ませた。

その後、ハウラ―駅とコルカタ市街地を結ぶ橋(フ―グリー川が流れている)を歩いて渡って帰るのが面倒だったので、船に乗って帰ることに。が、これがミスだった。

人乗せすぎ。本当によろよろ進む。僕が待つ船着き場にもまぐれと言う感じで到着。

乗客を降ろすというよりリバースする感じ。
橋に沿って進んで向こう岸に運んでくれるだけかと思いきや、まさかの2キロほど川下に下ってしまった。
なんとなく悪い予感がしていたが、川沿いをまったり歩けば市街地に着くだろうと楽観視していた。

しかし悪い予感が的中。

川沿いには貧困層の人々が暮らす路地が延々と続いていて、とてもまったり歩いて帰れる場所ではなかった。

子供は可愛かったけど。
 しかも急いで帰ろうとすると、この渋滞。


それもただの渋滞ではなくて、車とリキシャーと大型トラックと人がうごめく
オールスター渋滞。


さすがにこの隙間をくぐり抜けながら帰ってたら日が暮れてしまうし危ないなーと思っていたら、親切なインド人が鉄道の線路まで連れて行ってくれて、何とか市街地までたどり着くことができた。



いろいろあったけど、インド旅行の初日だしこんなもんかな、と。

なにはともあれインド編スタートです。














2012年10月1日月曜日

ここまでの流れ



インドビザ申請のため、タイ、バンコクのカオサンロードという安宿街で
10日間ほど拘束されてました。沈没なうです。

沈没中のドミトリー、1泊250円
























          
初めは10日間拘束はかなり痛いミスだな~と思っていたのですが、今までの一ヶ月間の東南アジアでの経験や反省点を整理したり、今後の旅の準備や目標設定をしたりと、なかなか充実してたのでこれはこれで良かったかなと。

長期の旅をする人は10日とは言わないけど、ときどき居心地のいい場所を見つけて、数日間これまでの旅を振り返ったりこれからの旅のテーマを見直したりするのも良いんじゃないかなと思います。

とまあ、そんな絵にかいたような正当化はおいといて

いよいよ明日からインドです。

で、ひとまずインド編に突入する前に東南アジアでの濃厚な一ヶ月をうっすら振り返ろうと思います。



写真で振り返る東南アジア。 

タイ:バックパッカーの聖地カオサンロード。ですが、現在は完全に若者向けの朝までパーリナイロード。毎日朝の4時くらいまでクラブミュージックが鳴り響きます。今も鳴ってる。
世界中の電気製品がここで全て手に入るんじゃないかと言うくらい巨大な電気製品デパートMBK。毎日行っても飽きないくらいいろんな電気製品が安く置いてあるのでバンコクに行く方はぜひ。売ることもできるので、日本からいらない電気製品を持って行って海外での交渉楽しむのもありです。交渉次第で言い値の倍くらいになります。


バンコク名物のゴーゴーボーイ(←ゲイ達がストリップショーをやっている店の総称)店に入るとゲイ達がすっぽんぽんでショーをやっていて、盛り上がった時はなんと合体して店内を一周するらしい...観た人によると人生観変わるらしいですが残念ながら僕は観れませんでした。
バンコクの大学生と。タイの大学の子たちは制服着てます。ちなみにその制服は完全に文科省のおっさんらがぐへぐへいいながらデザイン考えたとしか思えないくらいエロいです。



カンボジア:言わずと知れたアンコールワット。宿で自転車を借りて夕方見に行けば、本来20ドルのところを自転車代1ドルのみで、しかも人がめちゃくちゃ少なく神秘的な雰囲気を味わえるという裏技が。


ポルポト政権時代の強制収容所兼拷問所兼虐殺所、トゥールスレン。クメールルージュの虐殺は日本にいた時も知ってましたが、実際に訪れた時の衝撃は言葉にできないほどでした。国際社会から見放された国はこれほどまでに残酷な事件が起きる可能性をはらんでいる。決して過去の話ではなくシリアやソマリアなど、紛争中の国でも同じようなことが起こる可能性は十分にあり得る。僕の旅のテーマを一瞬にして変えてしまった場所でした。

収容所に拘留されていた人々(そのほとんどが殺された。)

拷問台と拷問器具と看守の机

それでもカンボジアの子供たちと自然は輝いてました。孤児院の女の子たち

ポニョみたいな景色


果てしない田園風景。空が広すぎる。


ベトナム:カウチサーフィンで3日間泊めてくれた不動産屋でゲイのフォンさんと。仕事場に連れて行ってくれたり、お勧めのレストランおごってくれたり、夜は数々の試練を与えていただいたり、ほんとにお世話になりました。ありがとう。


ざっとですが振り返ってみると、ざっと振り返るなんてことはできないくらいいろんなものを見たし、いろんなことを考えたなーと。

これからはできるだけリアルタイムでブログを書いていくつもりなので、見たこと感じたことを毎日、いや数日おきでしっかり残していけたらなと思います。

てことで、次回はいよいよインド編!初日はイギリス人に「全宇宙で最低最悪の場所」と言わしめた汚染都市コルカタ!!